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 てのなか番外篇
【ヒト】no/01 太宰 治 ダザイという作家 98/6/11

高校の頃、私は口がさけても優秀な生徒といえる方ではなかった。
成績表は、通常「白と黒」の色しかないが、私のそれには「赤」もあった。自分が好きな教科しか勉強しなかったので、
そうでない科目は必然そうなる。物理は、その最たる科目だった。もうあとがない状況で、泣く泣くテスト勉強した。
といっても、泣いていたのは父であった。父は、どちらかというと理数系が強かったので、なぜ自分の子供がこんな有
り様なのか、頭を抱えていたようであった。一生懸命教える傍らで、「へぇ」とか「ふぅん」などど分かったのか分か
んないのかはっきりしない態度に最後は泣いていた。

 数学の授業中は、時間割は「読書」の時間に変更になっていた。もちろん、授業は、通常どうり行われていたわけで
あるが、教室の後ろに陣取った数名の同志はそういうことになっていた。この仲間うちでは、基本的に文学の文庫本で、
しかも「ひとよりコ難しい本を読む」ことが密かに争われていた。私はその頃何を読んでいたのか、あまり覚えていな
いのだが、あるとき確か江戸人情物に凝っていた時期があり、山本周五郎を愛読した。『さぶ』にしびれた私は、友人
たちにその良さを説き、そのうちの一人に貸したはよかったが、ずいぶん長い間返ってこなかった挙げ句、なぜか「泥つ
き」で返されたので、山本周五郎を読んでいたことだけは、よく覚えている。
そんなある時、その仲間のひとりが太宰の『人間失格』を読んでいることが発覚した。彼は洒落のつもりらしかったが
真剣に文庫に目を落としているのを見ていた他の輩は「多摩川(玉川ではない)に身投げしたりして」「横顔がさみし
げだよ」などと冗談を言い合っていた。本人は、そんなことをするようなキャラクターとは程遠い、がっちりした体格
のラグビー部員であったので、そのギャップがさらなる笑いをさそっていたのだ。

 こんなことからも分かるように私も確かにご多分にもれず、この作家に対してあるステロタイプな印象を持っていた。
それから10年近く経って、今学生の身でもある私は、昨年、ある日本文学の講義をとった。その講義の担当教官は、
太宰をテーマに講義をすすめた。いわゆる作家像は一切なしで、ただ彼の作品の文体表現技法を淡々と分析した講義内
容だった。

 これは本当に目から鱗だった。大学に戻って来た甲斐があった、としみじみ思えた程だった。それまで満足に太宰の
作品も読んだこともないのに、一般的な太宰に対する作家像;スキャンダラスで、軟派な「心中作家」というイメージ
だけで、この作家を捉えていたのを情けなく思った。

 とにかく、すごい。
そして、ニクイまでのそれらの「仕掛け」を、ひろいながら読む楽しさ。
『猿面冠者』における入れ子構造の「作中作」の方法や、『葉』におけるフラグメンツのコラージュなど。
例えるなら、それは「プラモデル」である。彩色まで施された完成品を、あらゆる角度からその完璧な仕上がりをなが
めるといった類いの楽しさではない。まず、各パーツをひとつひとつ丹念に見る。で、このパーツとこのパーツがこん
な風に組み立てられて、こんな形になるんだというような「構築」のおもしろさなのである。
 しかし、必ずしもその「構築」の先にあるのは「完成」という形ばかりではなく、「完成寸前で破壊」されたパーツ
のすがすがしさでもある。さらにいえば、その「プラモデル」を制作しているのは一体「なにもの」なのか、という問
題にまで言及してゆくことも可能なようだ。

 私は、それから太宰の作品を再読してみた。変な先入観から解放されて読む「太宰治」作品は、魅力的なテクストに
あふれていた。そういえば、高校の時の国語の授業で『富嶽百景』を読んだことを思い出した。内容は忘れていたが、
あの有名な一節「富士には月見草がよく似合ふ」にもあるように、やたらと活字から色彩をともなった映像が浮かんで
きたという感想があった。バスから見た、流れゆく車窓からの景色のなかにたち表れた黄色の色彩の鮮やかさ。映像な
ら簡単につくることのできる絵である。スローなどの処理で、そのイメージはより強調されて表現できるだろう。その
時は、まず作家像がありきで、活字から得た、その新鮮な驚きはかき消されてしまっていたようであった。
しかし、太宰の作品世界は、その時分思っていたような、しめっぽい色恋や自滅にむかったベクトルだけの世界ではな
かったのである。

 今年は没後50年で、未発表の文章が公表されたり、あらゆる太宰関連の書籍が書店をにぎわせている。
これを期に、多くの人が太宰治という作家にもう一度出会い、再発見してほしいと思う。

 

『晩年』 太宰治/新潮文庫
『さぶ』 山本周五郎/新潮文庫
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