update誤の技法DOORSうちのおすすめfrm D&R‘s mummymyART
 てのなか番外篇
【コト】no/02 「ふうせんかづら」をそだてる、こと」

数々の「祭り」たち

98/8/28

8月が終わろうとしている。
で、9月といっても、かえってこの上旬の時期の残暑は厳しい。
「もう、夏は終わりなんじゃないの?」という思いこみのような気持ちが、きっとそのような「しんどい感じ」を
もたらすのだと思う。

しかし、この季節をわたしは毎年楽しみにしている。
夏に色とりどりの花を咲かせた鉢植えが、その最盛期を終え、来年への準備をし始めるのが、この時期なのである。

そんな中で、私がなぜかとりつかれたように毎年植えているのが「ふうせんかづら」である。
といっても、全くもって栽培も簡単だし、とりたててめずらしい植物でもない。
どちらかといえば「雑草」の類い である。
しかし、はじめてその植物を育てた時以来、私はこの「ふうせんかづら」に夢中になってしまった。
「彼等」はいくつかの「祭り」を開催するのだ。

まず、発芽してしばらく懸命に葉を伸ばし始めたあたりで、「フリークライミング祭り」だ。
蔓を伸ばしているだけではないか、そういう見方もありましょう。
しかし、ガシッガシッと一歩づつ、その手 (蔓)を伸ばし支柱に絡まりつこうとするその姿が、
わたしの目には、そう映る。

そして、いよいよ「ささやかな花祭り」。
かわいそうなくらいに、その花はささやかである。この自己主張のない「ささやかさ」が、またよい。
ひとによっては、物足りなさを感じるだろう。この時期、そのあたりのことは、各種の色をとりそろえた
「朝顔」や、フルーツ味のドロップを連想させる「ポーチュラカ」、豪快・健康第一を体現する「ひまわり」、
渋めが好みなら妖艶な紫の「野ぼたん」あたりに担当させておけばよい。
こちらは(ふうせんかづら、です)、 まだまだこの先、いろいろとイベントを控えていることであるから。

続く祭りは、この植物のメインといってもよいであろう、「ぼんぼり祭り」である。
この「ぼんぼり祭り」見たさに、毎年育てているといっても過言ではない。
いうまでもなく、そこここに「ぼんぼり」をつけ始めるのである。
この「ぼんぼり」たちが、夏の名残りをほのかに残す風にゆられている様子が、すばらしくよい。
特に、夕方。つっかけを履いてベランダに出る。しゃがみこんで、にこにこしてしまう。
傍からそんな 光景をみられてしまったら、どうかしてる、と思われても仕方がない。
子供でもあるまいし。
しかし、この際そんなことはどうでもよい。
第一、うちは四階だし、近頃は、そうそう自分の視線より 高い対象物を、
気にかけながら歩いているひとも少ない。

しばらくの期間、「ささやかな花祭り」と「ぼんぼり祭り」が平行して開催されつづけ、
いよいよ肌に感じる風が夏の気配を消した頃、さらに私のわくわくを増長させる祭りが行われ、
この数カ月に 及ぶ「イベント」の閉幕が近付く。

最後は、もちろん「収穫祭り」。
それまで私の心をなごまし続けていた「ぼんぼり」たちが、だんだんと茶褐色へと変色してくる。
そして、 すっかり「ささやかな花祭り」は終了し、全体が枯れ、乾燥したころ、「ぼんぼり」たちを割る。

すると、そこから「来年の予告」をするメッセンジャーたちが出現する。
要は、「種」だ。しかし、単なる「種子」ではない。「メッセンジャー」である。
彼等「メッセンジャー」は、来るべく次の「祭り」を私に忘れさせないように振る舞う。
もちろん、特殊な動きをともなった「種子」ではない。それではオカルトである。
「来年、また会えるのを楽しみにしてるよっ!」そう口々に「言う」のである。

この種子の形状ゆえ、私は次の年も忘れることなく「祭り」開催に一役買うのである。

つまり、来年も鉢にその種子を植える。

 

 

 

BACK>>「うちのおすすめ」index 
▲ page top