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 てのなか番外篇
【モノ】no/04 『ダーシェンカ』 カレル・チャぺック

「あいするもの」へのまなざし

98/10/10

男のひとが書く、なにげない日常や変わりゆく季節が描かれたエッセイが好きだ。
女であるわたしにとって、それらのエッセイには、どこか父性愛的なまなざしが感じられるからかもしれない。
日本では、串田孫一さんの作品がそうである。
そして、外国では、カレル・チャぺック。

カレル・チャぺックは、20世紀初頭にチェコで活躍した作家であり(サイエンス・フィクションを書く一方で、
童話も残されている)、戯曲作家であり、新聞社に勤めるジャーナリストでもあった人物である。優れたエッセ
イも数多く書いており、中でも『園芸家12ヶ月』が有名だ。

今回は、先頃文庫化された『ダーシェンカ』について書いてみようと思う。

チャぺックの飼い犬のフォックステリアに、かわいい仔犬が生まれた。 それが、このエッセイの題にもなって
いる「ダーシェンカ」という雌の仔犬。 今回の文庫には、原著の中から「彼女」のためにチャぺックが書いた
「八つのおとぎ話」と、「彼女」のスケッチ、そして「彼女」のフォト・アルバムなどが収められている。
収録してある「彼女」の写真は確かにかわいい。特別な犬好きでなくても、おもわず抱きしめたくなる表情の
「彼女」が、こちらを見る。
実際に、「彼女」を手許においていたチャぺックの随所にうかがえる「彼女」に対する愛情がどれほどのもの
であったか、容易く想像できるのである。
やんちゃな「彼女」に一生懸命「おとぎばなし」しちゃうのだって、納得。

読み返してみると、書き出しは、たいていこんな調子だ。
「いいかい、ちょっとの間だけ、おとなしくしててくれたら、おはなしをしてあげるよ」
きっと、「彼女」は別のことに夢中なのにちがいない。
エッセイのなかで、チャぺック自身がいっているように、「子犬がしなくてはならないことは、しんじられない
くらいたくさんある」わけで、床にころがるものを噛んでみなくてはならないし、花壇に現れた緑色のちいさな
ぽつぽつが気にかかる。ママのおなかんとこでぬくぬくもしなきゃなんないし、 もう「おおいそがし」なんである。
そんな「彼女」に、一生懸命「いいかい?」なんておはなししているチャぺックの姿を想像してみると、なんか
おかしい。

でも、時には、「彼女」のこれからを考えてか、人生に(人、ではないけど)ついてのおはなしをしたりする。
そのおはなしは、確かに「ダーシェンカ」という飼い犬に向けて話されているのだが、その中には、しかし、
(これから「彼女」が出会うであろう、チャぺック以外のあらゆる)人間に対して彼自身が持っている愛情が込め
られているように感じる。

エッセイから感じる、その「愛情」が、わたしに遠い日の記憶を思い出させる。
小さいころ、寝る前に父親がいろんな「おはなし」をしてくれた時のことだ。
後に、父親から「同じはなしを何度も何度もさせられた」と愚痴られたが、申し訳ないことに、その「おはなし」
の内容は、ほとんど憶えていない。
きっと、いまだに残る「記憶」というのは、その「おはなし」の内容なのではなく、ちいさなこどもが感じる「夜」
という暗闇が持つある種の恐れを忘れられるように、親がそばにいて、なにか「おはなし」をしてくれた、という
「安心感」だったのだろう。

「ダーシェンカ」は、かつての私自身の姿なのかもしれない。
注がれる愛情に気付かないまま、無邪気に遊んでいた、ちいさな自分がそこにいる。
そんな「ノスタルジア」が、チャぺックのエッセイによって、呼び起こされる。

チャぺックは、生まれて間もない「ダーシェンカ」を、「手のひらのなかにかくれてしまうほどちっぽけな、ただの
白いかたまりだった」と書いている。 本屋さんへでかけてみると、「ダーシェンカ」みたいに、「手のひらほどの
白い」表紙の、平野甲賀さんによる装丁の文庫本をみつけることができる。

そこには、ちょっと小首をかしげてあなたを見上げる「ダーシェンカ」がいる。


『ダーシェンカ』 新潮文庫


『ダーシェンカ ― 子犬の生活』 新潮文庫


『園芸家12カ月』 中公文庫


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