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 てのなか番外篇
【モノ】no/06 「55ノート」 いとうせいこう

ピースなゲーム

99/2/22

ナニカをみたり、聞いたりして「わくわく」するのは楽しい。
しかし、たいていの場合は「わくわく」させるモノとしてではなく、単なる情報としてインプットされるだけである
ことのほうが多いのではないか。
そんな中、ひさしぶりに「わくわく」いや「ぞくぞく」さえさせる、 こういってよければ、「論考」にであった。

いとうせいこう氏による「55ノート」である。(岩波書店「世界」連載'99/01〜03 以降も同氏サイトで掲載中)
この論考は、フランスの作家レ−モン・ルーセル、現代美術における 立て役者マルセル・デュシャン、言語学の大家
フェルディナン・ド・ソシュール。 この3人の思考を「チェス」という切り口で探ろうとした試みだ。
それぞれの偉人たちについては、個々で論考が存在しているだろう。 だが、一見ジャンルの異なるこの3人を、ある
共通点を元に紐解いた論考は 今までになかったのではないか。
内容に関しては、ここでは記さない。
少しでも興味を持たれたなら、ぜひ、御自分で読んでみることをお勧めする。
この論考は、岩波書店から発行されている「世界」に3回のシリーズで連載された。 読めば読むほど、どんどん興味
がひろがってゆく。

しかし、ここで問題があった。 わたしは、チェスにくわしくない。
以前から、たとえばデュシャン関連の書物を読むと、そこには、必ずといってよいほどチェスに興じるデュシャンが
いた。マン・レイが撮った写真、ラウル・ド・ルシーとチェスをするデュシャン。
ものすごいチェスセットで、ゲームしてるんだよな。

チェス、かぁ。
小学生のころ、なぜか「囲碁将棋クラブ」に在籍していた経験があるわたしではあるが、 今となっては「なぜ、囲碁
将棋クラブに入ってしまったのか」すら覚えていない。 ましてや、将棋の指し方など、アタマの片隅にすらない。

しかし、チェスだ。
特に、デュシャンにおいて「チェス」というゲームは、単なるお遊びではなく、 少々大袈裟かもしれないが彼の作品
制作のナゾにまで関わってきそうな重要性を 持ち合わせていることが分かって以来、「チェス」が持つ魔力というか、
なんとも未知数な魅力が気にはなっていた。

そこへきて、この「55ノート」である。
デュシャンのみならず、ここでとりあげられた他のふたりの偉人たちの深層を知るためにも、ここは「チェス」を覚え
てみようと思い立ったのだ。

早速、コドモ用のチェスセットと初級のチェス教本を買い、ひとつひとつ覚えている最中である。なんでもアメリカの
親御さん推賞の「チェスセット」。
そして、教本の方には、こんなエピソードも載っていた。

「第二次世界大戦下のヨーロッパ。
 ハンガリーのブダペストで、ドイツの兵士が防空シェルターの中でハンガリー人の14歳の男の子とチェスをしていた。
 おもての激しい戦闘をよそに、このシェルター内では、静かにゲームが進行していた。
 その時、おもて通りにソヴィエトのレッドアーミーがあらわれた。ドイツ兵は、飛び出していった。
 しばらくすると、そのソヴィエトの兵士がマシンガンを振りかざしシェルターに突入してきた。誰かの叫び声があがる。
 しかし、そのソヴィエトの兵士は、まだ終わっていないチェス盤を見つけると男の子の向かい側に腰をおろし、ゲーム
 の続きをはじめた。マシンガンを床におき、ひとりの「若者」に戻って。 敵であるドイツ兵が始めたゲームを、この
 ソヴィエトの兵士は勝利でフィニッシュさせた。
 大戦が終結した後、その少年は言った。
 ドイツの兵士も、ソヴィエトの兵士も、僕が今まで出会ったなかで、一番素敵な人達だった、と。
 お互いのコトバが通じ合わなくても、国境だって関係なく、チェスはできます。 戦時下だって、可能だったのですから。
 年令や性別はもちろん、どんなナショナリティのひとたちとも。」

なんだかピースじゃん、チェス。

わたしが買った「おこさま用チェスセット」はこちら。


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