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 てのなか番外篇
【モノ】no/09  Yoko Ono 「Freight Train 貨物車 1999-2001」

“ひとすじのヒカリ”のゆくえ

01/10/25

 

Yoko Ono。
言わずと知れた、John Lennon夫人のオノ・ヨ−コさんは、れっきとした、アーティストである。
この女性の名前や存在やお顔を知ってるヒトは多くても、実際に彼女の作品を見たことのあるヒトは少ないようだ。

反戦のためのパフォーマンスでエキセントリックに叫ぶ彼女は、とてもスキャンダラスなnewsソースとして取り上げ
られたし、有名なbed inも、一般の人びとによってそういった色眼鏡を通してしか受け止められずにいたようなとこ
ろがある。

実際の彼女の作品は、とても静かで、誤解をおそれずにいえば、地味だ。
ノートに書かれたコトバの断片などの、「instruction:指示文」とよばれる一連の作品。または、なにげない、どこ
にでもあるようなカップの破片を使った、コトバとオブジェのインスタレイション。などなど。
しかし、それらの断片からは無数の「イマジネイション」が生みだされ、溢れ出している。
時にはつめたく痛みをともない、時には美しく、はかなく、きびしく。
さらに、激しくココロがゆさぶられ、感情がおさえられなくなったりさえする。

Johnがyokoさんにはじめて出会ったギャラリーで、そのとき彼女が展示していた作品というのは、天井に小さな文字が
書かれていて、それをはしごに上ってルーぺでのぞくと「yes」という文字がみえる、というものだった。
みるヒトそれぞれの中にある「yes」。
「y」「e」「s」というたった3つの文字が生み出すイマジネイションのチカラ。
ごたごたと説明過剰にならない、最低限のvisibleなモノによって、おもいもよらないinvisibleなイメージを想像させる、
という上級なテクニック。
『Le Petit Prince 星の王子様』の一節、「かんじんなものは 目に見えないんだよ」を思い出す。
“コトバ”というモノに関心があるわたしにとってyoko onoというアーティストの作品はココロからrespectの対象と
なっている。

1994年スパイラルで行われたyokoさんの展覧会にノートがおかれていて、そこにわたしはこんなふうなことを記した
憶えがある。

「“愛”というコトバが、
 あまりにもぞんざいに使われるようになってしまったことで、
 なにが“愛”であるのかわからずに、そこらへんにころがってるナニカを、
 そうであるかのように思い込んでしまっているのかもしれない。

 でも、onoさんの作品には、たしかに“愛”が表現されていました。
 作品をみることによって、アタマやココロの中にじんわりみえてきました。
 残念ながら、
 それは私が思い描いていたような、心地いいばかりのモノでは決してないようです。
 それでも結局、最後にはソレしか、“愛”しか残らないのですね。」

現在開催されている横浜トリエンナーレ2001に出品されている彼女の作品は、
昼夜、まったくちがった顔をみせる。
うめき声にも似たノイズと一転してすがすがしい朝のコトリのさえずりのようなグランドビートがくりかえし鳴り響き、
銃弾が打ち込まれた貨車は痛々しく、それらの生々しい傷跡は銃を向け合った人間たちの憎しみや悲しみを浮き上がら
せる。 しかし、それが夜になって光りを放つ姿は、命のはかなさを感じさせ、星空よりも美しい姿に一変する。
この作品は「20世紀」における戦いの歴史を検証し、今世紀のヒトビトがそれをどう認識し、これからどう生きてゆく
のかという問いを投げかけているように思えてならない。

だが、人間は「戦う」ことでしか解決できないナニカを常に抱きつづけてきたことも、また悲しい事実だ。

トリエンナーレが始まって、一週間ほどたった9月11日。
「痛み」や「憎しみ」の記憶は、新たな火を吹いた。
そういうyokoさんの願いが込められ、今回のトリエンナーレに出された作品は、またしても繰り返される歴史を、
おなじ惑星の上で経験しなければならなくなった。

空へと向かう、ひとすじのサーチライトの光は、どこまで伸びてゆくのだろう。

ぜひ、多くのひとたちに、そのゆくえを確かめに行ってほしいと思う。

 

* 横浜トリエンナーレ2001

〜2001/11/11 at 横浜・みなとみらい地区


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